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「三位一体の改革」の残された課題

―両税移譲の実現をめざして―

 

神野直彦

Jinno Naohiko

東京大学教授

 

 

Profile

じんの・なおひこ◇1969年東京大学経済学部経済学科卒業後、日産自動車株式会社入社、1975年退職。1981年東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。1992年東京大学経済学部教授、2003年東京大学大学院経済学研究科長。専攻は財政学・地方財政論。地方制度調査会委員、地方分権改革推進会議委員、税制調査会委員、日本学術会議第19期会員、国土審議会特別委員(土地政策分科会)、神奈川県地方税制等研究会委員、東京都税制調査会委員などを務める。主な著書に『システム改革の政治経済学』(1998年、岩波書店、1998年度エコノミスト賞受賞)、『地域再生の経済学』(2002年、中央公論新社、2003年度石橋湛山賞受賞)、『財政学』(2002年、有斐閣)など多数あり。

 

 

 過去からの教訓

 国税から地方税への税源移譲は日本の民主主義の悲願である。大正デモクラシーの成果として実現した日本で初めての普通選挙で、時の二大政党の一つである政友会は、次のような公約を選挙ポスターで掲げている。

 地方に財源を与ふれば 完全な発達は自然に来る

 地方分権丈夫なものよ ひとりあるきで発てんす

 中央集権は不自由なものよ 足をやせさし杖もらふ

「三位一体の改革」が大正デモクラシーの教訓に学ばなければならない点は、基幹税の移譲が改革の基軸に据えられなければならないということである。

 第2次大戦後の民主化改革の過程でも、税源移譲を基軸とする「三位一体の改革」を、シャウプ勧告は提唱している。つまり、地租を前身とする固定資産税と、営業税を前身とする事業税を、それぞれ地方税に移譲して地方税を大幅に充実させるとともに、補助金を大幅に削減し、交付税の前身となる平衡交付金の導入を勧告したのである。

 

見失った改革の目的

 改革の目的を見失えば、改革は迷路に迷い込む。過去からの教訓に学べば、「三位一体の改革」は税源移譲が基軸に位置づけられなければならない。「三位一体の改革」の目的は、国民に生活や社会を形成する権限をエンパワーメントすること、つまり「三位一体の改革」とは国民が身近な公共空間で、国民の共同意思決定のもとに、公共サービスの負担と供給を決定できる仕組みを創り出すことでなければならないからである。

 だからこそ戦後に財政民主主義を推進したシャウプ勧告も、まず「地方当局の利用できる税収を大幅に増加し」、次いで「補助金を削減し」、最後に現在の交付税にあたる「平衡交付金」の導入を提案している。もちろん、地方税、補助金、交付税という三者を一体で見直すという今回の「三位一体の改革」でも片山(虎之助前総務相)プランは国税から地方税への税源移譲を基軸に据えている。

 つまり、所得税から住民税への3兆円の移譲、消費税から地方消費税への2.5 兆円の移譲により地方消費税を国税と同額にまで引き上げることを目指したのである。

 ところが、現実に展開された「三位一体の改革」では、補助金の廃止・縮減が基軸に位置づけられてしまった。それは「三位一体の改革」の目的を見失い、中央政府の財政再建のために、地方自治体の行政改革を推進することが、その目的とされてしまったからである。

 

平成デモクラシーの両税移譲

 中央政府と地方自治体との財政関係の調整は、中央政府と地方自治体に配分した行政任務に対応して、中央政府と地方自治体に国税と地方税との課税権が設定されていなければならない。つまり、地方自治体に配分された行政任務が確実に遂行できるように、地方税の課税権が地方自治体に設定されていなければならない。

 ところが、日本では中央政府と地方自治体に配分されている行政任務は、3対7ないしは4対6なのに対して、中央政府と地方自治体に配分されている国税と地方税との比率は、7対3ないしは6対4と逆転現象が生じている。こうした行政任務と課税権との非対応を解消することから、「三位一体の改革」は着手されなければならない。

 しかも、行政任務と課税権の非対応を解消するための税源配分の見直しは、租税体系の中心的租税、つまり基幹税の配分の見直しでなければならない。というのも、1980年代から世界的に地方分権の潮流が生じているのは、警察・消防・生活基盤インフラ整備という伝統的な地方公共サービスに加え、福祉・医療・教育という現物(サービス)給付、つまり対人社会サービスを供給するという地方自治体の任務が飛躍的に高まったからである。警察・消防・生活基盤インフラなどの伝統的地方公共サービスであれば、不動産などの資産を保護したり、資産価値を高めたりする。そのため固定資産税や事業税という収益税が正当化されることになる。

 ところが、福祉・医療・教育というサービス給付は本来、地域社会の相互扶助で担われてきた対人社会サービスである。こうした相互扶助の代替として供給される対人社会サービスは、所得に比例して負担する地方所得税(個人住民税)や地方消費税(消費型付加価値税)によって賄われることが望ましい。

 そうだとすれば、日本では行政任務に対応して、(個人)所得税と(一般)消費税という二つの基幹税を、国税と地方税とで同等に配分する方法を追求すべきである。つまり、大正デモクラシーの要求が地租と営業税の「両税移譲」にあったとしたら、平成デモクラシーの要求は所得税と消費税の「両税移譲」にある。

 今回の「三位一体の改革」では、所得税の移譲は実現した。しかし、消費税の移譲は実現していない。しかも、所得税の移譲は譲与税という形態で実現したにすぎない。大正デモクラシーの「両税移譲」は1920年代の不況過程で構想されている。歴史の教訓に耳を傾ければ、所得税と消費税の「両税移譲」は平成デモクラシーを推進するだけでなく、平成大不況克服の道でもある。