スコープ・アイ

  

  武者陵司

  ドイチェ証券

  マネージングディレクター・

                        チーフストラテジスト

 

 

 

  猛威を振るった世界的インターネット株熱狂もどうやら峠を越えたようである。

過去1年間に米国のナスダック指数は2倍の上昇を見せ、中でもインターネット

株は2.8倍の大幅上昇となった。しかし、インターネット株指数はすでに99年末か

ら下落に転じ、その後ナスダックの上昇をリードしたバイオテクノロジー株、半導

体関連株なども、調整場面に入っている。
 

 こうした株式調整は1999年7月、10月など過去にも見られたが、今回は資金繰

り破綻が投資家と企業サイドの双方で見られる点で、事態は深刻である。投資家

のサイドでは、信用取引の担保不足が表面化している。ニューヨーク市場の信用

融資残高は2,600億ドルと過去最高、家計可処分所得の4%の水準に達している。

株価が下落すれば信用取引の担保として差し出している資産が不足するので、

追加担保の差し入れか、株式売却により債務を返済しければならなくなる。こうし

た追証(マージンコール)の発生は、熱狂相場の末期には常にやってきたことで

ある。
 

  企業サイドの資金繰りも厳しさを報ずるニュースも多くなっている。米国投資誌

バロンズによると米国で公開されているインターネット企業のうち207社を調査した

ところ74%の企業でキャッシュフローが赤字、25%が1年以内に資金が払底する

ことが明らかになった。大半のインターネット企業は足元の業績や資金繰りは問

題にされず、将来の期待だけで株式が買い進まれてきた。株高が続いているうち

は公募増資、転換社債の発行、保有株式の売却などで資金調達が可能であった。

しかし一度株高が止まると、途端に資金収支不安が露呈したと言うわけである。

日本のソフトバンク,光通信などの場合も同様である。

 

 こうしたインターネットを柱とするIT株式の熱狂が高まった背景には、過剰流動

性の存在とともに、情報通信革命へのあつい期待がある。コンピューターネットワ

ークによる生産性の向上、ミドルマン(企業内中間管理職、企業内情報伝達セク

ション、流通仲介業、金融仲介業、情報仲介業など)の圧縮、削減等が経済の効

率性を著しく高めていることは疑問の余地は無い。著しい社会変化がもたらされ、

企業収益に持続的拡大がもたらされる可能性は大きい。株価の長期にわたる上

昇期待が高まるのも無理がないといえる。しかし米国株式のPER はインターネット

関連では無限大、IT関連の株式でも50倍を超える高バリュエーションとなっている。

過大と言わざるを得ない。こうした過大な株価評価は企業の収益性をどう捕らえ

るかという、会計上の問題と密接に関連している。

 

 たとえば、7倍に達する米国公開企業(SP500)の株価純資産倍率(PBR )がある。

これは株主資本の簿価と時価との乖離が7倍と著しく大きくなっている事を示す。

バブル期の日本ですら5倍弱であったこと、米国のPBR は1929年の3.8倍以降、

1993年まで1〜2倍台で推移してきたことを考えると、その異常性は歴然とする。

PBR は普段あまり注目されないが、ここまで高くなってくると、投資リターンを計算

する際に大きな差をもたらすことになる。現在、米国SP500社の株主資本の簿価に

対するリターンであるROE は23%と高水準なのに、時価に対するリターン(益回り=

1/株価収益率)は3%と市場金利の半分近い低水準なのである。もはやROE は

投資家の投資リターンを計測するためには役に立たない。むしろ、企業の収益力を

誇張させてしまう。しかし、ROE が高ければ、それは株高材料と受け取られ、プレミ

アムがつく。高株価が実現できれば、自社株を使った企業買収に有利になる。また

乗っ取り防止にもなる。さらにストックオプションを使うことで、給与・報酬の代替も

できる。高株価自体が成長を保証する。ROE は高収益幻想を与えることで、高株

価経営の絶好の武器になってきたと言える。

 

 同様に将来の一株あたり利益が過大に表示される傾向も無視できない。たとえ

ば、知的資産の開発コストである。本来ソフトウェア等の知的資産は、長期にわ

たって活用され、収益を生み出すものであるから、資産計上され使用期間中均

等に償却・費用化されるはずのものである。しかし資産がもたらす将来収益、有

効期間を事前に正しく測定することが困難なために、保守主義により、開発コスト

は発生した時点で、費用として落とすこととされている。その結果、将来収益が大

きく嵩上げされる。いわばコストを過去に負担させ、将来は収益のみを享受する

形である。株価評価が、完璧なキャッシュフロー還元モデル、つまり将来のキャッ

シュフロー流列の割引現在価値によってなされているのであれば、どのような処理

であってもキャッシュフローは同一なので、問題はない。しかし、実務上キャッシュ

フロー還元モデルの適用は困難である。将来のキャッシュフローを適切に予測で

きないからである。近い将来の利益見通しのほうがより確実、容易なので、株価

は短期の一株利益見通しに大きく影響されることになる。となると、将来の一株利

益を過大に表示する保守主義は、株価を過度に評価させるものとなる。

 

  研究開発コストと同様のことが企業買収に伴うコストの処理においてもおこって

いる。合併の際に発生する合併差額を、ソフトウェア開発費と同様に資産計上せ

ずに、一括費用化するプーリング持分法と呼ばれる合併方式である。プーリング法

は財務面では、単純に両社のBS、PLを合算するだけだが、簿価以上に支払われ

たプレミアムは、買収時に一括して費用化しバランスシートから落とすことが認めら

れている。その結果、被買収企業がもたらす収益寄与で将来収益が嵩上げされるが、

そのコストであるのれん代(繰延資産)償却は発生しないので、将来EPS が過大に

表示されることになる。しかもプーリング法では買収代金の代用として自社株式の

発行が可能なので、企業にとってはコストを伴う資金の流出はおこらない。そうした

コストの過去への付け替えと言う会計上のからくりで、株価は大いにプラスの影響を

受けている。買収→EPS 、ROE 上昇→株価上昇→買収一層有利に→買収、という

買収・株高好循環がハイテク企業中心に多く現れていると考えられるのである。

日本の土地含みがそうであったように、会計の不備がバブルの原因を作るケースが

多いことを忘れるわけにはいかない。