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企業会計と「国際調和」

 

羽藤秀雄

Hato Hideo

金融庁総務企画局企業開示参事官

 

 

Profile

はとう・ひでお◇1957年生まれ。1981年東京大学法学部卒業後、通商産業省(現経済産業省)入省。通商産業省の各局、資源エネルギー庁、仏国立行政学院(ENA)、外務省在仏大使館書記官、通商産業大臣秘書官、機械情報産業局企画官、大臣官房報道室長、経済産業政策局参事官(新規産業担当)等を経て、2002年7月より現職。

 

 

 本稿は、わが国の会計、開示、監査の企業会計制度のあり方に関連して「国際的調和」という視点について述べたものである。

 私見であることをまずお断りしたい。

 

「指標」としての「国際的調和」の視点

 わが国の経済活動をめぐる制度環境の整備については、これまでも「国際的調和の観点から」「国際的動向を踏まえ」といった視点がしばしば強調されてきた。

 国境を越えて展開を遂げる投資活動や資本取引にとっては、資本市場の制度環境が予見可能性の高いものであること、制度制約や制度コストが抑制されたものであること、さらには、各市場の制度環境の相互間で比較可能性が確保されたものであることが望ましいと説かれてきた。

 至極当然である。実際、「国際的調和」という視点は、わが国におけるバブル経済崩壊後の構造改革の「指標」として「金融ビッグ・バン」と称された一連の企業会計制度の整備・改善をリードしてきた。たとえば、連結財務諸表制度の見直し、退職給付会計の現金主義的処理の抑制、長期保有有価証券への時価評価の導入等が行われ、固定資産の減損、企業結合の2つの企業会計基準についても経過的に引き続き検討を進めることとされた国の機関である企業会計審議会において策定・公表されるに至った。商法の累次の改正等によるコーポレート・ガバナンスの充実とあいまって、わが国の企業会計制度の「道具立て」そのものについては国際的に見ても遜色がない水準にあるということができる。

 また、エンロン事件等を契機として2002年7月に制定された「企業改革法」をはじめとする米国の対応は、会計、開示、監査さらにはコーポレート・ガバナンスの強化が健全で活力ある経済社会にとっての鍵であることの再認識を国際的にも強く促すこととなった。各国の政府、証券監督者国際機構(IOSCO)、国際会計士連盟(IFAC)等の国際組織による「基準」作り等への取組みも深化し、加速化されている。

 国際化し、多様化し、厚みあるわが国の経済活動にとっては、わが国の制度環境がこのような「国際的動向」の影響から無縁であるものではあり得ない。その意味で「国際的調和」という視点からわが国の制度環境の整備・改善に引き続き国が積極的に取り組むことが必要であることには変わりはない。

 

2005年問題」

 しかし、「国際的調和」という視点は「指標」にしかすぎず、ア・プリオリに特定の「目標」が決まっているわけではないはずである。

 すなわち、「国際的調和」によって何処に向かおうとするのかについては、個々の課題に即して問われなければならず、そのための「目標」は主体的に設定され、絶えず確認されながら追求されるべきものである。

 ところが、ある特定の水準や内容を採用することを「国際的調和」という視点からア・プリオリに導こうとする、ある意味では短絡的ともいえるような議論に直面することが最近多い。

 すなわち、「2005年問題」についてである。

 企業会計制度をめぐっては2005年を節目とする一連の「国際的動向」が見られる。たとえば、EUは「2005年1月から域内上場企業の連結財務諸表に国際会計基準(IAS)の使用を義務づける」との決定のもとでの「単一市場」への歩みを着実に進めている。また、国際会計基準を開発・策定している国際会計基準審議会(IASB)と米国の会計基準の設定主体である米国財務会計基準審議会(FASB)との間では2002年9月の合意(Norwalk Agreement)に基づき、2005年1月を目標とした「収れん」(convergence)の共同作業が進捗している。

国際会計基準審議会(IASB)のDavid Tweedie

議長は「2005年末までに90を超える国々が国際会計基準(IAS)を採用することとなる」と公言している。さらに、国際会計士連盟(IFAC)は国際監査基準(ISA)の2005年からの各国での採用を目指している。

2005年問題」は、まさに「危機」の語感をもって、国際会計基準(IAS)等の「基準」をわが国が採用するのか否かという問いとして眼前に提示されることが多いのである。

 

「国際的調和」の具体化の意味

 このような問いにどのように応えるべきか。

 まず、わが国の制度環境は、国際化し、多様化し、厚みあるわが国の経済活動を支えているという現実がある。第二次大戦直後とは異なり、特定の内容を有する「基準」によって外生的に誘導するというような制度環境の整備・改善は多大なコストを必要とすることとなり、かえって混乱を生じかねない。したがって、国際会計基準(IAS)がいかに「国際的動向」の中心にあるとしても、わが国の企業会計基準を国際会計基準(IAS)という特定の制度によって代替するというアプローチは採られるべきではない。EUの加盟国とは異なり、わが国は、資本市場の監督者も1つとする「単一市場」を構成している一国ではない。比較可能性の名のもとで制度環境を単一化しなければならない理由はない。

 むしろ、わが国の資本市場は、その制度環境も含めてEUや米国の各市場との国際的競争下におかれているのであるから、投資活動や資本取引等の市場参加者の選択を可能とし、その選択に対して優位性を発揮できるような制度環境を目指すべきである。選択肢の多様性を確保し、その選択の際の制度制約や制度コストをできる限り抑制することが基本であると考える。

 たとえば、国際会計基準(IAS)についても、このような選択肢の1つの結果としてわが国における規範性が認められてもよい。もっとも、わが国の現実の制度環境に照らして明らかに両立し得ないような選択肢は導入できないこととなろう。その意味では選択肢として受け入れるに当たっての調整も必要となる。

 このように、結果として「国際的調和」という視点が制度環境として具体化していくことになるという考え方は、国際的競争を重視する立場に立つものである。同時に、わが国の競争力に対する確信に基づくものでもある。