SCOPE EYE

 

企業会計審議会の今後の役割について

 

加古宜士

 

企業会計審議会会長/早稲田大学教授

                                              Kako Yoshihito

 

Profile

かこ・よしひと■1937年生まれ。早稲田大学第一政治経済学部卒,同・大学院商学研究科博士課程修了。商学博士(早稲田大学)。現在,早稲田大学商学部教授,金融庁・公認会計士審査会委員,企業会計審議会会長。

 

 

会計基準開発の民への移行

 2001年7月に財団法人財務会計基準機構が設立され,これによって,わが国の会計基準の開発は,企業会計審議会から独立し,同財団に置かれた企業会計基準委員会において行われることとなった。

 これは,会計基準の国際的統合を目指して再出発した国際会計基準審議会の運営に,わが国の代表が参画するためには,その出身母体が,たとえば企業会計審議会のような政府機関ではなく,民間の組織であることを要件とするということが直接の理由のようであるが,もともと会計基準を開発するためには,会計情報の提供者および利用者のいずれの利害からも独立的で,しかも企業会計に関する高度の学識と経験を有する専門家による組織(いわゆる「独立専門家集団」)がその作業に従事することが公正であり,かつ効率的であるという理由によるものであると考えられる。

 いずれにしても,会計基準の設定主体としての機能を,企業会計基準委員会に移管した後の企業会計審議会は,今後どのような役割を果たすべきであろうか。本稿は,この点に関する私見の覚書である。

制度設計における官の役割

 周知のように,企業会計審議会では,減損会計(2002年8月)と中間監査基準(2002年12月)の答申を終えたばかりであり,現在は,企業会計基準委員会の発足前からの審議事項としての企業結合会計の審議が,第1部会で大詰めを迎えており,鋭意議論が続けられているところである。この限りにおいて,企業会計審議会の目下の役割は,企業会計基準委員会の発足前と,少なくとも外観的には全く変わるところがない。

 この審議がまとまれば,今後は,企業会計基準委員会がわが国の会計基準の設定主体としての役割を,また企業会計審議会は,第2部会が担当することになっている監査基準の設定主体としての役割を,それぞれ分担することになるのは間違いないであろう。

 もっとも,企業会計審議会には,従来から,会計基準を審議する第1部会と,監査基準を審議する第2部会のほかに,「企画調整部会」が設けられているが,これからの審議会においては,この部会が重要な役割を担うことになると思われる。企画調整部会の運営いかんによって,企業会計審議会の性格も決まってくるのではないか。

 これは全くの私見だが,今後,企業会計審議会が,この国の企業会計の「制度設計」について責任を果たすことを期待されているのであれば,今後とも企業内容開示制度(タイムリー・ディスクロージャー)の一層の拡充と,監査制度の改善整備のあり方について,積極的に提言していくことになろう。

 たとえば,先般のエンロン事件やワールドコム事件は,アメリカの会計界にとって非常な逆風となったはずであるが,これに対して昨年7月に成立した企業会計改革法(サーベインズ=オックスリー法)などに見られる当局の素早い対応は,わが国の会計界にも,積極・消極を含めて,学ぶべき多くの示唆を与えてくれた。こうした危機管理のための対応策を迅速に提供していくのは,まさに国民生活の安寧に責任を持つべき官(行政)の重要な役割であり,これに対して適時・的確な提言を行うべき企業会計審議会の役割でもある。

会計制度の国際的対応

 一方,前世紀末から今世紀初頭にいたる会計状況の特に顕著な変化として,企業活動のグローバル化,投資活動および資金調達活動のボーダーレス化に促がされて、会計情報の国際的比較可能性に対する要請が一段と強まってきている点があげられる。国ごとに特有の会計基準に従って作成される会計情報の比較可能性は乏しいといわざるをえないからである。

 実際,わが国の企業が,各国に存在する現在および将来の取引先や投資対象企業の財務内容を会計情報を用いて評価するためにも,また増資や起債による資金調達のために資本市場に自社の会計情報を提供し,その財務内容の評価を求めるためにも,会計基準の国際的統合を実現し,その比較可能性を確保することが必要であり,経済界の差し迫った課題となっているのである。

 このため,企業会計審議会としても,国際会計基準審議会の活動を積極的に支援していく必要がある。その支援には、@意見形成への支援と,A国際基準への対応のための支援の2つがありうる。

 前者の意見形成への支援とは,わが国の考え方を国際基準に反映させるため,日本を代表して直接審議に参加しているメンバーを,国内の意見を集約・調整することによってバックアップしていくことである。また,後者の国際基準への対応についての支援とは,わが国も参加して形成されている国際基準を,この国に導入していく必要があるといえるが,そのための適切な方策について考えていくということである。いずれの支援についても,主たる役割を担うのは企業会計基準委員会であるといえようが,米国証券取引委員会(SEC )やわが国の金融庁(FSA )が構成メンバーとなっている証券監督者国際機構(IOSCO )と連携を保ちながら,国際基準の国内基準化という局面では,企業会計審議会の場でも,経済界を含む各界の同意を形成するための努力をしなければならないであろう。

企業会計基準委員会,日本公認会計士協会との連携

 さらに,企業会計審議会には,その構成員として,企業会計基準委員会,日本公認会計士協会などのほか,学界や経済界の有力メンバーが参加している。

 こうしたメンバーから成る企業会計審議会構成員の支援が得られるならば,企業会計審議会が,企業会計基準委員会,および日本公認会計士協会と,これまでどおりの連携の枠組みを堅持しながら,国際的にも強い発言力を持つ体制を築くこと,いいかえればわが国の企業会計の制度設計のための強力なトライアングル体制を築いていくことは可能であると思う。企業会計審議会がそのような体制のもとで,しっかりと使命を果たしていけるよう願っている。