SCOOP EYE
新しい会社法制の構築に向けて

 原田晃治

 

はらだ・こうじ■1952年熊本県生まれ。76年九州大学法学部卒業,東京地裁判事を経て、92年法務省民事局付。93年法務省民事第五課長、93年法務省民事第四課長、98年法務省大臣官房参事官となり、2001年より現職。

                                                                        

 商法は,資本主義経済を支える商取引の基本原則や重要な取引主体である会社の組織のあり方を定める商事基本法であり,近代国家に不可欠の法制度として,その制定は,300 年の鎖国時代により生じた近代化の遅れを取り戻すべく富国強兵策を進める明治政府の最優先課題とされた。明治32年(1899年)に同年法律第48号として制定された商法も、既に施行後100 年を経過し,新しい世紀を迎えようとしている。
 その後,わが国の目覚ましい経済発展に伴って会社数が増大し,また,商取引が活発化するに伴い,このような社会経済情勢の変化に対応すべく,会社法制を中心に商法の改正が頻繁に行われ,その回数は,大小併せて39回に及んでいる。特に,ここ数年は,社会経済情勢の変化の
早さ,企業法制に対する経済界等の期待の大きさ等を反映して,毎年のように,商法改正が行われており,平成に入ってからだけでも,会社法制の見直しを中心とする商法改正は8回に及んでいる。
 時代の要請に応じて構築された制度は,それらが時代の変化に対応できず,利用者等のニーズを満足させることができなくなると,その存在意義を問われることになりかねない。基本法である商法についても,同様であり,これを所管する者としては,会社法制を中心とする商法を取り巻く社会経済情勢の動きを常に見定め,利用者等の要望を的確に把握し,法改正を含め,必
要な対応を行うことに意を配ることが必要である。
 法務省では,昭和50年(1975)6月の「会社法改正に関する問題点」の公表以降,会社法の全面的な改正作業を続けてきたが,この会社法の全
面的な改正作業は,平成12年の会社分割法制の創設等を内容とする商法等改正法の成立により,中小会社法制に関する事項等についての若干の積み残しを除き,当初に掲げた検討事項のうち重要な項目については,一応の検討を終えたことになる。
 しかしながら,企業法制の中核である会社法制については,その規律の対象である企業自体が,経済社会の激しい変化の波の中で大きく変わろうとしており,これを規律する会社法制についても,大幅な見直しが求められている。
 二会社法制の見直しの視点の一つは、コーポレート・ガバナンスの実効性をどのようにして確保するかということである。
 東西冷戦の終結により,旧社会主義諸国が市場経済体制への移行を推進し,自由主義諸国が軍備増強の負担から開放された結果,大競争と呼ばれる全面的な経済競争の時代が到来したことに加え,インターネットに代表されるコンピュータ・ネットワーク網の整備及びIT革命と呼ばれる情報技術の進歩により支えられた高度情報化社会の到来により,経済活動のボーダレス化が進み,国際的な経済競争に拍車がかかっている。企業がその経済活動の領域を大幅に拡大するに伴い,取引のルールだけでなく,企業法制のあり方についても,同質性を求められてくる。特に,投資家にとっては,株主の利益が最大限に確保される法制が整備がされていない国の企業に対しては,安心して投資をすることができない。このような事情を背景に,国際会議等の場でコーポレート・ガバナンスの議論が盛んになっている。また,国際的な経済競争の激化により,各国の企業は,その競争力の向上を迫られる。近年の企業の組織再編成のための法制度の整備は,この企業の競争力の向上を図るためのものであったが,経営の効率化を図ることにより株主の権利をより良く実現しようとするコーポレート・ガバナンスの思想は,企業の競争力の向上を実現することと密接に関連するものである。
 会社法制の見直しのもう一つの視点としては、高度情報化社会への対応ということが挙げられる。
 冷戦時代に、仮想敵国からの攻撃を想定して構築されたといわれる分散型のコンピュータ・ネットワークシステムであるインターネットは、企業や一般市民へ利用者の範囲を拡大させ、世界的なネットワーク網を構築するに至り、冷戦終結後は、商取引の電子化の推進の大きなインフラとなり、皮肉にも、軍拡競争に代わる経済競争を激化させるための大きな要因となっている。また、米国を始めとする各国の情報化への投資額は年々拡大し、特に、1999年以降、実質GDP を超える情報化への投資を行ってきた米国では、企業活動の効率化を向上させるとともに、需要と供給の好循環を生み出し、産業構造ひいては経済構造自体の変革を生じさせている。このような情報化への投資は、IT革命と称される情報技術の革新的な進歩をもたらし、セキュリティ確保のための暗号技術等を利用した電子認証制度等の整備と相俟って、エレクトロニック・コマースと呼ばれる電子商取引を一層活発化させている。
 このようなコンピュータ・ネットワーク網の整備および経済構造の変化に伴い、企業の経済活動のボーダレス化は、さらに進み、すでにみた
とおり、取引ルールだけでなく、各国の基本法制のあり方についてまで影響を与えかねない様相を呈しており、わが国でも、産業新生会議、IT戦略会議、規制改革委員会等で、21世紀の高度情報化社会への基礎整備のための議論が進められている。
 さらに,企業の資金調達方法における間接金融から直接金融への移行,ベンチャー・ビジネスと呼ばれる新規産業の資金調達需要の増大,マザーズ等に代表される株式等の証券についての店頭市場の整備等に伴い,企業の資金調達に関する環境整備が求められている中で,会社法制においても,企業の資金調達手段の改善という視点から,制度を見直す必要がある。
 そこで,法務省では,この機会に,これまでの改正の経緯を振り返り,当初改正検討事項とされていながら積み残された事項,その間に,国会における審議に際して立法課題として政府に対して改正要望のあった事項,その他各種団体等からの改正要望事項等を踏まえ,現在の会社法が新しい世紀に相応しい会社法に生まれ変わるために行うべき会社法の見直しを行うこととし,企業統治の実効性の確保,高度情報化社会への対応,資金調達手段の改善,企業活動の国際化への対応などという視点から,会社法制を大幅に見直す必要があるとして,一部前倒しする部分を除き,今後2年,したがって,平成14年の通常国会への法案の提出を目途に検討を開始した。
 時代の変化は,我々の予測を超えるほど早く,今回の改正が,今後100年の経済社会の変化に完全に対応できると断言するほど楽天的な立場には立たないが,現時点で,できる限りの予測をし,大胆な見直しを行うことが,いま,求められている。経済社会のあるべき変化を妨害するような企業法制は論外であり,古い殻から一歩も出ないという姿勢は許されない。そして,今,総論から各論へと,我々は進もうとしている。